春風に誘われて、桜と記憶の小径へ

どこか浮き立つような春の陽気に誘われて、今日は少しだけ足を延ばしてみることにした。
目的は、咲き始めたと聞いた桜。道の傍らの木々は、まだ遠慮がちに、
けれど確かに春の色を纏い始めている。3〜4分咲き、といったところだろうか。

この季節の悩みの種、花粉には今年も万全の対策で臨む。
マスクで顔を覆い、花粉が滑り落ちてくれそうな、つるりとした上着を羽織って。
うん、これなら春の空気を存分に味わえそうだ。

歩みを進めると、お気に入りの公園が見えてくる。
ここの桜は格別で、満開の頃には息をのむほどの景色が広がるのだ。そして、
その美しさを知っている人々が、毎年必ず、思い思いの場所にシートを広げ、
春の宴を楽しんでいる。今日も、穏やかな日差しの下、お弁当を囲む二人の姿があった。
時がゆっくりと流れているような、平和な光景だ。

朝早い時間に来れば、ここは小鳥たちの楽園でもある。
賑やかなさえずりが、春の訪れを一層華やかに告げてくれる。そして、
桜の花びらが舞い散る頃には、まるで舞台の幕が上がるように、
今度はハナミズキが白やピンクの花を誇らしげに咲かせるのだ。
しばらくは、この公園を目指して歩く日々が続きそうだ。

公園を抜け、さらに先へ。やがて、せせらぎの音が聞こえてくる川沿いの道に出る。
ここにもまた、見事な桜並木が続いている。
柔らかな風に、淡いピンクの花びらが小さく揺れていた。

暖かい日差しは、人を外へと誘い出す魔法を持っているらしい。
黙々と歩く人、気持ちよさそうにストレッチをするランナー、楽しげに犬と歩く人。皆、
この心地よい季節を待ちわびていたのだろう。
「考えることは、きっと同じ」。私もまた、この暖かさに背中を押されて歩いているのだから。

桜並木に沿って歩いていると、ふと、川の堤防の向こうに懐かしい屋根が見えた。
母が、長年お世話になったデイケアの施設だ。

あの屋根の下で、母はどんな時間を過ごしていただろう。
今年の夏が来れば、母が空へと旅立ってから、もう二年になる。

本当はずっと、お世話になった方々にご挨拶に伺わなければと思っていた。けれど、
施設の近くまで行こうとすると、どうしても涙腺が緩んでしまって、
足がすくんでしまうのだ。今でこそ、少しは落ち着いて思い返せるようになったけれど。

あたたかい笑顔で迎えてくださった職員さんたちの顔が、今も目に浮かぶ。
とりわけ、母が心から慕っていた「けんちゃん」には、どれほど感謝してもしきれない。

家にいるとき、母はよく「けんちゃん」の話をした。
朝、デイケアのお迎えの車に「けんちゃん」の姿を見つけると、
母の声はぱっと弾み、嬉しそうに、少し大きな声でこう言うのだ。
「グッドモーニング!けんちゃん!」と。

それはまるで、これから大切な仕事に向かう人のような、凛々しささえ感じさせる響きだった。
行きたくない日もあっただろうに、「行かなければ」と自分を鼓舞して通っていた母。その心を、
「けんちゃん」の存在がどれほど軽くし、支えてくれたことだろう。

今、この桜並木の下で、心の中でそっと呟く。
「けんちゃん、本当に、本当にありがとうございました」

きっと母も、この道を何度も通ったはずだ。デイケアへ向かう車窓から、
毎年、この桜を見ていたのだろう。
今日私が見ているのと同じように、ほころび始めた蕾や、満開の花盛りを。

そんなことを考えながら、私はゆっくりと歩き続ける。
桜の淡いピンク色が、優しい思い出と共に、春の光の中に溶けていくようだった。




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